私の母は大正8年2月の生まれで今年89歳になるが、郷里の約7000坪もの田んぼや畑をたった一人で守り続けている。 耕田やしろかき、田植え、消毒、刈入れなどの大きな仕事はプロに依頼してやってもらっているが、水の管理や畦の草刈り、畑仕事などは人の手を借りずに自分でしっかりやっている。 13年前に父が農機具の操作ミスで事故死してから今日まで驚異の精神力で頑張っている。

その母が、今年のお盆に帰った時に弱気な発言をした。 「もう田んぼ止めたくなった」
驚いてその訳を聞いてみると、「去年の米作りは赤字だった」との事。 米を売った代金から、プロへの手間賃や肥料、薬、その他の費用を差し引いたら手許には1円も残らず不足金を貯金を下ろして払う事になったらしい。

日本政府は昨年まで減反政策への協力を強く推し進めて来たが、私はそれに対し絶対従わないよう母を説得し続けた。 役場からも農協からも毎年視察にきて3割まで減反するよう、また穂が出始めた稲を青田刈りするよう強く迫って来た様だが、「息子から、自分が電話で話したいので強要する担当者の名前を聞いておいてほしい、と頼まれているので、教えて欲しい。」と言ったら、「いえ結構です」と言って引き下がって行ったらしい。 

役人は、文章で出来上がった事を忠実に実行するのが仕事であることは認める。 しかし、だからと言ってそれをすべての人に一律に課して果たしていいものだろうか。 それぞれの地方の様々な実情を何も知らない中央が決めた事に気候も風土も風習も違う北は北海道から南は沖縄までの各地方が一律に従わざるを得ないというのはあまりにも馬鹿げていると思わざるを得ない。 更に、例えば私の母のように80歳過ぎてもたった一人で米を作って生活している専業農家で、収入は米代金と年間たかだか数万円程度の年金で暮らしている人間にも容赦なく一律に減反政策を押し付けるのはどうしても納得がいかない。 きまりだからと言って個々の事情に関係なく誰にでも減反を強要する役場や農協職員にいつも憤りを感じていたから、私が直接担当者と談判しようとしたが実現しなかった。

勿論農家にも問題が無いとは言えない。 米作りに適してない寒村部でも、ただ闇雲に米を作り続けるのが果たして良いものか。 ただ、日本の国土全体を見渡して、美味しい米を適切な量生産できる所では3割減反など一切させずに100%米作りに励んでもらい、野菜作りに適した所ではどんどん美味しい野菜を作ってもらうといった様に、適材適所の食料生産を奨励し数量ベースで30%を下回る今の日本の自給率を大幅アップさせるのが効率よい農業政策だと思うが、それを実行可能にするのが政治であって個々の農家では不可能だ。

日本の農林畜産行政は、やはりその道に精通していて、アイデアと実行力のある人間にリーダーシップを取ってもらうのが一番いい。 就任時に、日本の食糧自給率大幅アップを唱えた遠藤農水相はまさに適任と思ったが、実に小さなつまらない問題を政略的に大げさに捉えられて就任わずか1週間で辞任に追い込まれた事は全く以って残念で仕方が無い。

自民党の首脳が片っ端から滅多打ちに遭い続けていた頃、某飲み屋で、マスコミ関係者らしい酔っ払いが「今度はだれそれを俺のペンで引きずりおろしてやる」などと息巻いていたのを思い出した。

母は、今年も米を作っているが、今年はどうやら豊作のようだ。減反は1反部だけにしている。 米の値段は年々下がり続けているが、今年は何とか赤字だけは出ないような米の値段であって欲しい。