事業仕分け」なる不可思議な作業が終わった。 一般公開に近い形で行われた為に大きな話題を提供したが、私のみならず大多数の国民が大いに期待したにも拘わらず、どうも民主党のパーフォーマンス的要素が色濃く反映しスタンドプレイが目立った作業だったように思えてならない。

その結果を一口で言えば「むちゃだ」だ。 時間が無かったから仕方が無いといえばそれまでだが、余りにも独善的な結果の出し方だ。 目先の大衆受けだけを狙って、過去の実績や未来のビジョンをろくに考査しないままどんどん決めていった手法にはただ呆れるばかりだ。

枝野議員や蓮舫議員がやたらと目立ったのは、マスコミが二人を大衆の味方、正義の味方の如く扱かったからで、決して仕事の内容が評価されたからではあるまい。 

民主党が選挙公約で掲げた政策を実行するにはとんでもない額のお金がかかる。 だから、自民党が推進してきた税金の無駄を全て洗い出して、その浮いたお金を新政策のほうに回すという手法にはエールを送りたいが、その「無駄」を本当に無駄かどうかを限られた極く短い時間に正確に判断する極めて困難な作業をたったこの二人に委ねた民主党の幹部の放漫振りに、一体日本をどうするつもりだ!と怒鳴りつけたくなる。

一般大衆紙のA社やTVAなどはあたかも民主党の広告塔の如く彼らの仕事振りにせっせと賛辞を送り続けているが、これは日本にとって極めて危ない兆候だ。 でも、今は冷静に判断できる国民が圧倒的に多くなって来ているから、そうそうマインドコントロールされることも無いだろうと信じている。 A紙の購読家庭がどんどん減っているようだし、TVAの視聴率も低迷していることからもそれが窺える。

これから第2幕が切って落とされる。 政治折衝の始まりだ。 いよいよ民主党の技量が試される正念場だ。 くれぐれも舵取りを間違えないで欲しい。 万が一にも目先だけの大衆迎合に重点を置いた金の使い方だけはしないで貰いたい。  

大衆迎合の良い子振り政策は昭和30年代の東京都の美濃部都政を髣髴させる。 美濃部都知事は都民に対し余りにも良い子ぶり過ぎた為に都の財政を破綻させてしまった。 膨大な借金の原因は都民のおねだりをなんでもかんでも聞き入れた為だ。 その後、都民も反省し役人も反省しやっとの事で財政を立て直したのが鈴木俊一都知事だった。 バブルが後押しした事が回復を早めた主因だったとは言え、爪痕は相当深かった筈だ。 

事態が東京都だったからまだいいが、それが日本国の破綻となれば大変な事になる。 日本国民も、やたらとおねだりをする事は、国を滅ぼす原因になると肝に銘ずべきだ。