昨日、山崎豊子原作の映画「沈まぬ太陽」をやっと観た。 やっと、と言うのには訳がある。 

この物語は、日航ジャンボジェット機御巣鷹山墜落事故は何故起きたかを世に問いかける山崎氏の渾身の力作だが、正直な所読むのが怖かったから未だに読んでいない。 此度映画が封切られてもなかなか映画館に足を向けるのを躊躇していたのだが、昨今のJALの経営危機報道を読み、思い切って観る事にしたのだ。

「あなた方は日本人ですか?」
8月13日夕刻、ヨハネスブルグの中心に聳え立つカールトンホテルの一階カフェで、同行した取引先の人と南ア産の美味しいワインを飲みながら仕事の疲れを癒していると、灰皿を掃除に来たと見られるエプロン姿の黒人女性が背中越しにこう問いかけてきた。
「そうですが?」と答えた途端彼女は例えようの無い黒人特有の慈悲深い顔になり、頭を振り振り
「オー、ベリーソーリー、ベリーベリーソーリー、なんと申し上げてよいやら」と、520名の犠牲者を出したJAL大惨事に対して切々と哀悼の意を表した。

旅の途中という心理も手伝い我々もかなりのショックを味わっていただけに、この思いがけない自愛に満ちた言葉に胸にこみ上げるものをこらえながら、深々と頭を下げ、「サンキューソーマッチ、お心遣い本当に感謝します」と心の底から礼を言わずにはいられなかった。

上の文章は今から25年ほど前に私が「日本貴金属時計新聞」に毎月一回「宝飾ビジネス講座」と題して連載していた中の11回目の冒頭文だ。 

実はその頃既に私はJAL不信の塊だった。 海外出張には絶対にJALに乗ることを嫌った。 日本人がナショナルフラッグであるJALを嫌うのは怪しからんといわれるかも知れないが、私だって1968年に香港駐在員として赴任した時初めてJALに乗ってからしばらくはJALフアンだったのだ。 しかし、その後の高度成長で農協やブルーカラーなどの団体が海外旅行をし始めてからJAL乗務員の日本人乗客に対するサービスの仕方が微妙に変わってきてしまい、エコノミークラスのビジネスマンまでもがそうした団体と同等の扱いを受けるようになってからはだんだんと乗るのが嫌になってしまった。

だが、私を決定的にJAL嫌いにさせてしまったのは2つの出来事だ。 一つ目は、取引先の社長2名とビジネスクラスに搭乗した時の事。 チーフパーサーらしき服装の日本人クルーが搭乗者名簿を片手に持って我々3名が並んで座っている所に現れ座席番号を確認してから社長の一人に向かって「A様でいらっしゃいますか?」。 問われたA社長が「ええそうです」と答えると、「いつもJALをご利用頂き誠に有り難うございます、どうぞ今後とも宜しく御願いします。フライト中何かございましたら何なりとお申し付け下さいませ」と馬鹿丁寧なお辞儀をし、我々を含め他の乗客には目もくれず去っていった。」

「何だありゃ。」とそれまで数え切れないほどフライトを経験している私ももう一人の社長もこの初めて目にする奇妙な光景に思わず二人で顔を見合わせたのは言うまでもない。 暫くして腹が立ってきた。 JALはそこまで卑屈に乗客を差別するのか。 これは、日本人独特の木っ端役人根性的サービス方法だ。 JALのトップから幹部クラスは皆役人上がりだからこそこんな役人的発想から生まれたこんなお為ごかしのサービスを実行させているのだろうという結論に至り、そのうちきっと大事故を起こしかねないな、と危惧を抱いたものだった。

もう一度は、バンコックでの出来事。 円高が急速に進んできていた頃、同じルートでも日本発と海外発では航空券が2倍以上も差がついてしまった時がある。 今でも多分同じと思うが、賢いビジネスマンは出張費節減の為に年に何度か同じ航路で往復する予定がある場合、ビジネスクラスのような高い航空券を日本でなく海外で求めるよう知恵を絞った。 しかし、JALはそんな航空券をことごとく嫌っていた。 当時、発券時にフライトを予約していても出発48時間前に必ず航空会社に再確認の電話を入れるのが義務づけられていた。 

海外でビジネスクラスのチケットを初めて手にした我々一行はイスラエル出張の帰途、バンコックに立ち寄り宿泊ホテルルームからきちんとリコンファームし、出発当日バンコック空港でJALのビジネスクラスチェックインカウンターで搭乗手続きと取ろうとした所、リコンファームが為されていないから受け付けられない、と拒否されてしまった。 間違いなくしたと何度交渉しても、ビジネスクラスは既に満席であなた方3名の席は無い、の一点張り。 どうしてもビジネスクラスに乗りたければ3日後の夜のフライトしか空きが無い、でもエコノミーなら3席何とか確保する、との事。 JALの空港事務所に行って詰め寄ったが全く聞き入れられなかった。 「はめられた!」と悟ったが、どうにもならない。 結局エコノミークラスの一番前の席に3名並ばされて帰国する破目になったが、JALにしてみれば、「日本人がこんな安売りチケットでビジネスクラスに乗るなんて言語道断」なのだろう。 でも外国人乗客は同じ安売りチケットで堂々とビジネスクラスに乗っているのだ。 このときこそ「今後永久にJALは乗らない!」と決めた瞬間だった。

外国人乗客には卑屈にぺこぺこしまくり逆に日本人乗客をここまでないがしろにしてふんぞり返るJALが日本のナショナルフラッッグとは聞いて呆れる、と帰国してからも暫く怒りが収まらなかった。 

そして間もなく、南アのヨハネスブルグに出張中に、国際線ではなく国内線で大惨事が起きたのだった。 大惨事の報に接した時、深い悲しみに包まれながらも、それ見たことか、それ見たことか、でも私の怒りのせいではないよ、と心でつぶやいていたものだった。 そして帰りの飛行機に乗るのが怖くなった。

映画を観て、山崎氏が、何故御巣鷹山大事故が起きたかを、JALの内奥深くまでメスを入れて鋭く突いているのを知った。 観てよかった。 飛行機事故は今後絶対に起こしてはならない。 映画では飛行機事故は70%が人為的ミスからきていると説明していたが、私は99%が人為的ミスと確信している。

此度のJAL再建に国交省の前原大臣がどう対処するか注目に値するが、内部のいたるところに癌の塊があるようなので、余程心してかからないと自分に癌を転移させられてしまう危険性が無いとは言えない。
前原大臣はもうこの映画をごらんになったであろうか。 

途中10分間の休息時間を入れて、約3時間半の長編だったが、ある意味では日本の恥部を凝縮した映画でもあった。 渡辺謙氏の演技は抜群で、三浦友和氏ほかそうそうたる配役陣が脇を固めストーリにどっしりとした重厚さを持たせている。 間違いなく五ツ星の映画だ。