江戸時代の庶民の情報源といえば、やはり「浮世風呂」「浮世床」などと称される大衆浴場や床屋だったのだろうか。
正月明けで暇だろうと思っていつも通う近所の床屋に昨日の昼前にぶらりと出かけたら、以外にも満席だった。 その床屋さんは夫婦で経営しているのだが、数年前まで親御さんも夫婦で床屋さんをしていた古くからの地元の床屋さんだ。
夫婦が散髪しながらお客とやり取りする会話は多岐に亙る。 近所の出来事は勿論の事、趣味、スポーツ、食べ物、教育、政治、経済、TVニュース等々、うまくお客に話を合わせながら櫛とはさみを動かす。
「正月は何処かに行かれましたか?」
「ん〜。 毎年元日は早起きして成田山に初詣、2日と3日は朝から屠蘇を飲みながらTVで箱根駅伝を見て過ごすのが楽しみでね〜。」
「今年は駒大も順天堂大も蚊帳の外でしたね〜。 去年の優勝校がシード権も取れなかったなんて、一体どうしちゃったんでしょうかね」
「いや〜、見ていて信じられなかったね。 選手が優勝意識しすぎて体が固まっちゃったのかな〜。 でも、何といっても、東洋大の1年生の柏原の走りにはびっくりさせられたね。 小田原中継所で9位で襷を受け取った時には5分近くもあった先頭の早稲田との差を箱根の山の登りでひっくり返しちゃったんだもんね。 それだけじゃなく更に45秒も差をつけてゴールしたんだもの。 早稲田も悔しさ通り越して驚いちゃったろうな〜。」
東洋大は復路も優勝でしょ? 完全優勝ですね。」
「64回も出場して初優勝らしいよ。 早稲田も優勝筆頭候補だったんだけど、2校だけで抜きつ抜かれつの争いだったから最後まで目が離せなかったわ。」
「シード権争いも凄いんですってね。」
「10位と11位では天国と地獄だって事皆な知ってるから必死だよね。 だから、各校は優勝出来なくとも兎に角10位以内に入るのが絶対目標なんだって。 今年も凄いドラマがあったわ〜。 兎に角箱根駅伝は見逃せないね。」
隣の席ではこちらの話とは無関係に全く別の話をしている。
「今日はお休みですか?」
「ん〜。 雨だから空いてると思ったら、結構繁盛してるね。 雨の日ははやるのかな。」
「いえ、雨の日は暇なんですよ。 今日はたまたまですよ。」
「正月明けても仕事に行けなくなってる人が増えてるみたいね。」
「例の、派遣切りって奴ですか。」
日比谷公園なんかで炊き出ししてるのに一ぱい集まって来てるみたいだね。 だけど、大部分はホームレスの連中みたいだって言う人もいるよ。」
「え〜? ホントですか。」
「野党が仕組んだ巧妙な選挙運動と見る向きもあるよ。 だって、テント村には民主党の議員だけが20人ほど集まって、演説を繰り返したけど、自民党の議員は未だに誰一人現れないって言うじゃない。」
「へ〜〜、テレビや新聞だけ見てるとその辺が分んないですね〜。」
「おれは、派遣社員が今どんどん首切られてるけど、あまり同情しにくいね。 バブルん時に嫌な光景を目にしてるからね。」
「え? どんな経験ですか。」
「ここの道路をまっすぐ行って右に曲がって突き当たりを左にまっすぐ行くと16号線に出るけど、その手前の右手に昔ラーメン屋があったよね。」
「え〜え〜ありましたよ。 覚えてますよ。 あそこのラーメンも餃子もよく食べましたよ。 美味しかったけど随分前に店なくなっちゃいましたね。」
「そうよ。 おれもあそこのラーメン好きで時々食べたんだよね。 でもバブルの真っ最中の頃になって、店が開いたり閉まったり不規則になっちゃったんだよ。 それである日開いてるので店に入ったら、店員の連中はいらっしゃいませも言わないで、店主だけが元気にいらっしゃいませと声をかけてよこしたんだよね。 それだけじゃない。 店主は、店員の若造らにぺこぺこしながら仕事を頼んでいるんだよ。 むくれられて店を辞められたら困るんだろうね。 兎に角、雇われている奴らの、働いてやっているんだ、っていう意識が店中に充満してたね。 気分悪かったよ〜。 店主が気の毒でね。 絶対世の中狂ってると思ったよ。 それから暫くして店じまいだもんね。 人手が足りなくてやってられなくなっちゃったんだろうな。」
「そうかも知れませんね〜。 確かにあの頃は極端な売り手市場だったですからね〜。」
「そうだよ。 だからあの頃の若者は6ヶ月仕事して6ヶ月失業手当もらって遊んでた連中が多かったんだな〜。 その連中が今30代、40代になっても派遣社員でいるんじゃないの。」
「そういえばその頃、私の知ってる人が派遣社員になって一流企業に派遣されてるって行ってたけど、給料は正社員よりかなり良いって、喜んでたましたね。 そのとき初めて、派遣社員って言う言葉を知ったんですけどね。」
「その頃は派遣社員ていう言葉はかっこよく響いてたような気がするね。 でも、オレに言わせれば、芸能プロダクションに所属する芸能人と大差ない扱われ方だと思うよ。 だから、本人がうんと努力しなければ干されてしまうのは当たり前なんだよ。」
そうだ、そうだ、その通りだ。 私は自分たちの会話を止めて聞き入った。 何時の時代も努力しなければ報われない。 人に甘えて生きていこうとしても、人々の同情はそう長くは続かない。 今迄世の中を甘く見てきて派遣切りに遭った人達は、これから強く生きて行く為に、せめて世間一般の常識人程度の努力はして欲しいものだ。